2020年2月にパシフィコ横浜で開催されたInterstyle2020で、アクティブでファッション好きな大人サーファー達に人気の老眼鏡ブランド「DONTPANIC(ドントパニック)」のオフィシャルイメージキャラクターを務めるポッツことマーティン・ポッターが来日した。
今では、WSL CT(チャンピオンシップツアー)のコメンテーターとしてもお馴染みのポッツだが、1989年にサーフィンの世界チャンピオンにもなり、80年代〜90年代のサーフシーンを熱狂させた1人。
来日が珍しいとされるポッツになみある?はDONT PANICとの関係から、今と昔の世界チャンピオンについて、そして2020年CTの動向や東京オリンピックまで様々な話題をインタビューしたので紹介したい。
1.なぜポッツと呼ぶのですか?
若い頃に先輩達とよくサーフトリップに行っていて、いつも彼らが料理した後の皿洗いを担当していたんだ。
彼らは料理が下手でいつも鍋やフライパンを焦がすから、その事についていつも文句を言っていたんだ。
そしたらニックネームが「ポッツ&パンズ(鍋&フライパン)」になって、結果的には今の「ポッツ」になったよ。
皆、僕の名前がマーティン.ポッターでそこから「ポッツ」というニックネームが来たと思っているけど、実はこういった経緯があったんだ。
今では僕の子供たちも「ポッツ」って呼ぶよ。
僕はシェフではないけど料理作りが趣味なんだ。旅に出る時はいつもホテルに泊まりレストランで食べているけど、手料理の方が良いね。
家にはたくさんの料理本があり、畑で野菜も育てているからオーガニックの素材を使って家族に料理をふるまってあげるよ。
世界中を旅して色々なレシピを持ち帰ってくるから、料理の腕も上がってきているよ。いつか腕利きのシェフになりたいね。
2.何を目的として来日したのか教えてください。
孫(株式会社ワイティーエス代表取締役)とは面白い出会いをしているんだけど、僕らはもともとArnetteサングラスで一緒に動いていたんだ。
販売会議でアラスカを訪れて、そこでスノーボードをした時に凄いワイプアウトしちゃって足の骨折してしまったんだ。その時に孫がホテルまで連れて行ってくれて、レスキューチームを呼び助けてくれたんだ。
それから25年間会わなかったけど、ちょうど2年前にハワイの家の前で孫に再会して、そこでDONTPANICのビジネスを紹介されたよ。
それがきっかけで僕はインタースタイルで日本に来られたし、彼のビジネスを手伝えたよ。
僕も年をとってきて老眼になってきたからDONT PANICとの関係をスタートさせる絶好のタイミングだったよ。
孫は素晴らしい人間でこの商品も彼の人柄を引き継いでいるよ。いい人間と良い商品とはいつも関連づいているからね。
良い商品でも人間が良くなければ僕は興味を持たないし、それは自分にとって重要な事だよ。
3.DONT PANICとの関係性を教えてください。
僕とDONT PANICの関係は、孫が2年前にハワイで紹介してスタートしたんだ。
皆、この年齢になれば老眼鏡が必要になるね。
DONT PANICは従来の老眼鏡とは違いスタイリッシュでファンキーで、これまでの老人の眼鏡というイメージを覆しているよね。
レンズに関してもサングラスタイプから遠近両用まで様々な種類が用意されていて洗練されているよ。
お金ではなく、DONT PANICが本当に良い商品でそこを気に入り関係を持ったんだ。タイミングが良かったね。
3.DONT PANICとの関係を持ってどのように生活が変わりましたか?
凄い忙しくなったよ。
選手としてのキャリアを終えてからWSLのコメンテーターとして長年働いているけど、その仕事とは別でこのような展示会などに来て、また違うステージでの仕事がスタートした。DONT PANICが新天地へ連れてきてくれ、それを楽しんでいるよ。
4.お気に入りの老眼鏡を教えてください。
僕には丸いレンズより四角いレンズの方があっているからType02がお気に入りだよ。
WSLの仕事で今後つける予定はありますか?
年取って見られるのが嫌で去年の仕事ではつけなかったよ。
WSLの時はずっとテレビスクリーンを見ていて目に悪いからこれから必要になってくるね。
僕らの世代が再びこうやってサーフィン業界に絡んでいく事はとても重要だね。
5.東京オリンピックについて何を期待し、どのように思っていますか?
とても楽しみだよ。
だけどやはり問題は波のクオリティーだよね。日本のビーチブレイクで過去に何度もサーフィンしているけど、いつも良いコンディションとは限らない。
波が良ければ最高のオリンピックになると思うよ。
サーファーだけじゃなくて全世界の人々がサーフィンはどのようなスポーツなのか注目しているからね。
僕は、観客がサーフィンを見て興奮し、それに憧れてサーファーが増えるシーンが見たいんだ。波が小さいとそのインパクトが軽減されるかもしれないね。
ガブリエル・メディーナやイタロ・フェレイラなど世界最高峰のサーファー達が出場するから、小波でもエアーやターンなど素晴らしいライディングを披露してくれるだろうけど、見ている方は波のコンディションによって見栄えが違ってくるよね。だから最高の波で東京オリンピックの成功を祈りたいよ。
僕がサーフィンを始めた時は大会の存在を知らなかったように、サーフィンはライフスタイルであり競技として必要ないって思っている人もいるかもね。
僕にとってサーフィンはライフスタイルでありカルチャー的要素が強いからスポーツ競技という視点は後回しさ。
オリンピックにサーフィンが必要かって言われると、それは波次第かなって思っているよ。
だけど、なぜそれなら大会に出場しようと思ったのですか?
友達と南アフリカでサーフィンをしていた時に南アフリカのサーフィン連盟が偶然大会を開催していたんだ。
そこで「コンテストに出場しないか?」って誘われたから試しにやってみたら優勝してしまったんだ。
そこから大会に出るようになって、スポンサーの話がきて、全て偶然の出来事だったよ。
5年でプロサーファーになり、14年かけて世界チャンピオンになったよ。
いつも朝一番に海に行き、太陽が沈み暗くなるまでサーフィンをしていたから上達は早かったよ。僕はずっとサーフィンする生活を望んでいたから夢が叶った感じさ。
6.今の世界チャンピオンと、80年代の世界チャンピオンの違いを教えてください。
今と昔の世界チャンピオンと比べるとキャラクターが違うね。
僕やトム・カレン、トム・キャロルなど個々のキャラが引き立っていたよ。僕らはサーフィンのために生きていたし、大会で争う事はその次だったよ。
だけど今は大会が1番でそれだけになっている。ガブリエルもイタロも世界チャンピオンに憧れてサーフィンを始めているアスリートだからね。
それが昔と大きく違うところかな。僕らはアスリートではなく、サーファーだった。
僕らは楽しむためにサーフィンをしていたけど、今はお金やオリンピックのためでもっと真剣さを感じるよ。
あの頃、サーフィンはまだ発展や進化の途中だったからね。僕らの賞金はUS$5000〜US$10,000くらいで、今の賞金はUS$100,000以上だから、その金額がより真剣さに影響しているのかもしれないね。
僕らの時代でも真剣ではあったけどそれと同時に楽しんでいたから、今とは別のキャラクターだったよね。
7.エアリアルのパイオニアでもあると思いますが、なぜ試そうとしたのですか?
エアリアルに関しては偶然の出来事だったよ。
できるだけスピードをつけて波に乗るのが好きで、波のクローズセクションでジャンプしながらプルアウトする事をよくやっていたんだ。
ある日スピードをつけていつものようにジャンプしながらプルアウトしたら、波がタイミングよくヒットして、そのまま波の前に戻されて着地しちゃったんだ。それが最初にメイクしたエアリアルだよ。
その日以来エアーを何度も試したけど、怪我をしたりボードを壊したりで大変だったよ。
その時代、ジャッジはエアーを評価できなかったからね。例えば3ターンやって7ptくれるけど、僕はエアーで6ptと評価され、いつも敗退さ。雑誌とかではうけが良かったけど、ジャッジの評価基準を変えるのに時間がかかったよ。
8.誰がポッツのライバルでしたか?
トム・キャロルは僕の1番のライバルだったね。
その他、トム・カレンやバートン・リンチ、ブラット・ガーラック、オッキー(マーク・オキルーポ)、ゲイリー・エルカートンなどがあの時代ランキング上位を独占していたんだけど、彼らに勝てれば良いサインだったよ。
トム・キャロルは僕の最大のライバルで、一緒にトレーニングしたり、旅をしたり、大会で負けても友達だからね。
だからトムに勝つ事ができれば最高だったね。彼は1番手強い選手で、大波でも小波でも凄いリップアクションをしていたからね。
トムに勝つための戦略はあったのですか?
トムはいつも試合前に「Good Luck!」って声をかけてくるから、僕もそれに対して真面目に応対していたんだけど、それでいつも負けていたんだ。
だから戦略を変えて、いつものようにトムが試合前に声をかけてきたけど、僕はトムに対して「F×ck you!」って敵対した態度を取ったよ。そしたらトムが困惑しちゃってその試合に勝つ事ができたんだ。
全てハートだよ。彼はいつも僕をそういう風にコントロールしてきたけど、それを逆手に取ってあげたんだ。
その後ケリー・スレーターが登場してツアーに参戦してきた時、皆驚愕していたよ。僕は彼に3回勝ったけど、それ以後は全敗さ。それでツアーの引退を決意したんだ。
それからコーチやコメンテーターにシフトしたんだ。
9.2020年のCTに関してどう思いますか?
2020年のCT(チャンピオンシップ・ツアー)も楽しみだよ。
新しくGランドでのCT開催が決定して、また新たに5人のブラジル人が2020年のCT入りしたね。
恐らく、この5〜10年間はブラジル人がCTを独占するだろうね。
アメリカ人やオーストラリア人は悪戦苦闘すると思うよ。
ジョンジョンが唯一彼らに対抗できる選手だけど、膝を怪我してしまったからね。1回怪我をわずらうと再発する可能性は高くなるし、休戦中に他の選手達はさらに上達するから倒すのがより難しくなるだろうね。
日本人サーファーももっとCTに参戦できればと思っているよ。
世界中をまわって経験を積んでいるから、それが近い将来実現する事を願いたいね。
さらにハングリーに攻撃的に戦わないとね。良い人だけでは他の選手に打ち負かされちゃうからね。
10.ジョン・ジョン・フローレンスのスポンサーの行方についてどう思いますか?
興味深い質問だね。それはジョンジョンの怪我にかかっていると思うよ。
ブラジル戦で怪我が再発して、パイプラインで復活したけど、僕が見る限りいつものジョンジョンではなかったよ。
膝が100%完治するのに長い時間がかかりそうだけど、早く元の状態でサーフィンして欲しいね。
ジョンジョンは2x世界チャンピオンになってお金持ちになったと思うけど、「今でも勝ちにハングリーですか?」 それが彼に対する質問だよ。
彼は原点に戻り勝ちに貪欲になったらまた3度目のチャンピオンになれるんじゃないかな。
ジョンジョンはエアー、レールゲームからバレル、ビッグウェーブでも優秀だから唯一ブラジルの勢いを止める事ができる選手だよ。
メンタル(精神的)とフィジカル(肉体的)にも純粋でないとね。
僕もジョンジョンと同じようにエアリアルで膝の怪我をして長年かけて完治させたけど、それができればまた世界タイトルに近づくだろうね。
多くの選手がスポンサーを失っているけど、何が起きているか僕にもわからないよ。
去年のハワイでの最終戦の後は完全にオフで休暇を楽しんでいたからね。笑
———–編集後記———–
インタビュー前、ポッツに対してワイルドで破天荒な印象を持っていたため、少し緊張してインタビューに望んだ。しかし実際に話していくうちに、世間のイメージとは裏腹に真面目で純粋な印象を受けた事に驚かされた。
DONT PANICのイメージにバッチリとハマっているポッツだが、意外にも孫社長という人柄、そしてそれを継承した商品だからこそアンバサダーを務めるにあたった経緯はとても印象的だった。
さらには元世界チャンピオンで、現役WSL CTのコメンテーターとしてCT選手達を鋭く観察して語るポッツの口調は他の誰よりも説得力があった。
今後ポッツがDONT PANICとどんな取り組みをしていくのか、又コメンテーターとしてサーファーとしてもどんな活躍を見せてくれるのか楽しみだ。
奥様と色違いのDONT PANICをかけるポッツ。2人ともお似合いですね。 取材協力ありがとうございました。
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Writer & Editor: So Sugaya
▼DONT PANICオフィシャルサイト
dontpanic.tokyo
instagram:@dontpanic.tokyo